図面通りでは足りない!仕上がりの美学。
他社が諦めるほどの難しい加工ほどやりがいを感じる技術集団。
有限会社ツボカワ工業 精密×高品質 ステンレス加工
坪川尚史
- 都道府県
- 福井県
- 事業内容
- 精密×高品質 ステンレス加工
- 会社名
- 有限会社ツボカワ工業
- 代表者名
- 坪川哲郎
- 所在地
-
〒910-0345
坂井市丸岡町四郎丸5−15−3
- 電話番号
- 0776-66-2158
- ホームページ
Factory Stories
周囲になかったからステンレスの道へ
ツボカワ工業は坪川尚史の祖父とその弟の二人で立ち上げたステンレス加工の会社だ。
福井県坂井市で“何かをやろう”と決めた二人は、いくつもの選択肢を検討した。
「最初は運送業を検討していたみたいです。でも、祖父の弟が車の整備の仕事を少しやっていて、維持費がすごいかかるからやめようとなったらしいです」
二人が起業を検討しはじめた1960年代に10tトラックは1,800万円ほどだった。 初期費用だけでなく維持費も高いと判断して運送業は断念したのだ。
次に目を付けたのが鉄工業だった。
「周辺に鉄工所が少なくて、その中でもステンレスを扱う会社が圧倒的に少なかったので、ステンレスに特化してやっていくことにしたんです」
目標を定めた祖父は、技術を習得するために5年ほど鉄工所に勤めて下積みをしたのち、1970年に独立を果たしたのである。
手作業からはじまったツボカワ工業の進化
「創業当時はすべて手作業でやっていたと聞いています。今のようにレーザー加工機のようなものはないですからね。板を曲げるにもガスバーナーで炙りながら曲げていたようですよ」
主に祖父の弟が加工、祖父が営業をして仕事を獲得していた。 ステンレスの配管やその設備の他、原子力発電所内の手すりなどの製造もおこなったという。
そうしてステンレス加工の技術と実績を積み重ねていったツボカワ工業が進化する契機となったのは、三代目社長となった父が入社したことだった。
「父は元々電気工事の仕事をしていました。ツボカワ工業に入ってから独学で機械設計を学んで、今は設計・製造の依頼も増えてきています」
設計も手掛けるようになったのは、お客様から「これはできないか?」と相談されたからだという。お客様の要望に応えられるよう、ツボカワ工業はステンレス材の加工だけでなく、構造設計から加工・組み付けまでを一貫して対応できるように進化したのである。
「最近では、恐竜の着ぐるみのようなもののフレーム構造と駆動機構を、電気制御で動かす設計をしていました」
そうして現在の業務割合は、創業からおこなっていたステンレス加工が6割程に。その他に組み付けが3割、設計が1割程になった。
「お客様の期待を超える」ことがツボカワ工業の文化
創業からツボカワ工業に脈々と受け継がれているのは『お客様の期待を上回るものを作る』という姿勢だ。
「創業者兄弟は、お客様の要望に応えてこそやりがいを感じられるというタイプ。でも、それで満足せず、さらにそれ以上を目指していたんです」
この思いの背景には、『他社と同じことをしていてもお客様から選ばれない』という思いがあった。
だが、何よりも「エンドユーザーさんからきれいだと言われた」と、お客様が喜んでくれたことが大きく影響していた。
「私も入社したばかりの頃、図面通りなのに「これじゃダメだ」と言われて、徹底的に叩き込まれました」
たとえ図面に指示がなくても『きれいに仕上がっていて当然』。それがツボカワ工業のクオリティなのだ。
さらに他のメーカーが匙を投げたような難しい仕事も積極的に受けている。
「社長は難しい仕事ばかり取ってくるんですよ。私は「こんな納期で無理じゃないか」と、つい言ってしまうんですが、他の社員たちはすぐに「どうすればできるか」を考えるんです」
難しいステンレスの加工を美しく仕上げる技術
当たり前のように『期待を上回る仕上がり』や『難易度の高い加工』に取り組んでいるツボカワ工業だが、ステンレス加工は鉄にはない難しさがある。
「ステンレスは鉄より硬くて種類も多いんです。さらに表面加工にもいろいろあるので、表面処理を統一するのがとても難しいんです」
さらに薄板は歪みやすく、加工中に傷がつきやすい。
傷をつけないよう、ツボカワ工業では加工前に材料にビニールを張って保護している。また、加工によって保護ビニールの位置を変えるなどの細やかな指示もしているという。
また美しく仕上げられるよう、溶接においてはグラインダーを使わないようにしている。
「グラインダーで削ると美観が損なわれるし跡が残ります。美しさを考えると使わない方がいいんですよね」
尚史はそれが当たり前だというように語ったが、それには高い溶接の技術が必要になる。
こうした技術は先輩から後輩へと確実に受け継がれている。
たとえばステンレスの加工ではどうしても発生する歪みを予測した上で材料をカットする技術もそうだ。
「入ったばかりの頃、やってみろと言われて加工したものが2ミリぐらいマイナスになってどうしようと思いました。こういう時はプラス1ミリにするといいんだと教えてもらいました」
ただし単純に1ミリ増やせばいいわけではない。ステンレスの種類や板厚によって歪み方が違うからだ。
多くの経験で培われた感覚的な職人の技術を実践の中でしっかりと伝えている。 だからこそ、ツボカワ工業は“誰もがなんでもできる”チーム体制を築くことができた。
切断・穴あけ・溶接・仕上げまで、全員がすべての工程を高い品質で対応することができるのである。
「25年くらい前に、大口の仕事を受けたときに、みんなが仕事をちゃんとできないと回らなくなると感じたそうです」
四代目が目を向ける進化の形
ツボカワ工業は、創業からお客様の声と時代とともに進化を続けてきた。
尚史も四代目として新しい進化に目を向けている。
そのひとつが、製造業の『3K(きつい・汚い・臭い)』という印象を払拭して、キラキラ輝いている世界にしたいということだ。
尚史は、幼いころからモノづくりが好きだった。 プラモデルを作ったり、ゲーム機を分解してからもとに戻したりして遊んでおり、中学の頃には家業を継ぐことを意識しはじめたという。
そんな尚史でさえも、工場で汚れた作業服を見て、汚い仕事はしたくないと思っていた時期もあるという。
「3Kが全くないわけではありません。でも、対応次第で改善できます。なにより製造はやりがいのある仕事なんですよ。お客様に「頼んでよかった」と言われたときの喜びは、何ものにも代えられません」
そんな作り手の喜びと、ユーザーの希望を叶えるため、尚史は個人の注文に応えられるような仕組みづくりに取り組んでいる。
「個人のお客様と直接やり取りをすると、生の声が聞けるのがいいですよね。一般的ではない寸法のものを依頼されて製作したとき「理想形です!ありがとう」と言っていただいて、本当にうれしかったことを覚えています」
ツボカワ工業の技術を生かした花瓶やインテリア、また個人からのオーダーメイドの受け付けなどができるよう、ECサイトの立ち上げや花屋との提携を進めている。
ツボカワ工業が四代目の下、どんな進化を見せてくれるのか楽しみである。