

国産3Dプリンターを生み出した頭脳集団。
「誰でも働ける」を機械と機会で創出し
「誰でも社長」を目指せる会社に。
-
信濃工業株式会社
- 専用機の設計から製造、組立、メンテナンスまで一貫した「ものづくり」に挑戦し続ける機械メーカー
江尻春樹
- 都道府県
- 愛知県
- 事業内容
- 専用機の設計から製造、組立、メンテナンスまで一貫した「ものづくり」に挑戦し続ける機械メーカー
- 会社名
- 信濃工業株式会社
- 代表者名
- 江尻春樹
- 所在地
-
〒490-1101
あま市方領北浦275-1
- 電話番号
- 052-442-0111
- ホームページ
Factory Stories
社名に込められた信念
愛知県あま市に本社を構える信濃工業。
「設立は1979年ですが、その10年前から『江尻製作所』として個人事業をしていました」
創業者は、現社長の江尻春樹の父、江尻富吉だ。
江尻家は元々長野県で暮らしていたが、火災に遭ったことを機に愛知県で新たなスタートを切った。
社名を『信濃工業』としたのは、江尻家のルーツである信濃への想いだけではない。
「信頼の『信』と関係を厚く濃くするという『濃』の文字のとおり、お客様から濃い信頼をされる会社でありたいという想いもあるんです」
トヨタなどの大手メーカーの旋盤による部品加工からスタートして、着実に信頼と実績を積んできた。
一気通貫の部品製造
現在の部品製造では、ほとんど外注に頼らない一気通貫の対応をしている。
「昔は外注をしていました。でも、納期が来ても納品されないんです。尋ねたら『こんなのはまだやらない』と言われて、それなら自分たちだけでやるよ! となったんです」
自社ですべての工程を担うのは負担が大きく、ミスを含めてすべて自社の責任となる。しかし、だからこそ社員たちの緊張感が違うのだという。
また、万一うまくいかない場合でも、やり直すことができ、それもすべて経験として積み重ねていくことができるのだ。
「現在は、全体の売上の約6割が部品製造ですが、残り4割の機械製造の割合を増やしていき機械メーカーを目指していきたいと思っています」
これは、同じ図面があれば誰でもつくれるものではなく、自社ならではの強みを生かしていくためだ。
一品一様の機械設計・製造
信濃工業の社是や経営理念には『頭脳集団』という言葉が使われている。
顧客の困りごとを解決し、希望を実現するための一品一様の製品を設計・製造するスタンスがこの『頭脳集団』という言葉にあらわれている。
信濃工業の成長を後押ししたある飲料品メーカーとの取引では、缶に施されているダイヤカット加工の金型の試作を担当した。
「その製品が販売されたときには、私もお店に行って売られているのを見てきました。これ、うちで作ったやつだ! と思うとうれしかったですね」
生き残るために必要なのは顧客がイメージする理想を実現するために知恵を絞り、技術を駆使して、唯一無二のモノづくりを極めていくことだと考えているのだ。
3Dプリンターメーカーに
唯一無二のモノづくりを体現したのが自社開発した3Dプリンターだ。 開発に着手した2023年から1年もかからずに完成させることができた。
「元々ある技術を活かせば、3Dプリンターをつくること自体は難しくありません。苦労したのは部品供給ですね」
一品一様の専用機では、使用する部品の安定的な供給ルートを考える必要がない。 しかし、継続的に販売する3Dプリンターでは、継続的な部品供給が必要になる。
「検討を重ねていったら、結果的にすべての部品が日本製になりました」
そうして完成した3Dプリンターは、製造業や学校などから注文を受け、直近では年に5台以上販売しており、直近では年間10台の販売を超えることを目標としている。
販売に関しては、海外製の3Dプリンターの販売代理店をしているレジンの販売会社と提携し、営業を任せたことも功を奏しているようだ。
10年の遅れを取り戻したい
春樹が3Dプリンターに着目したのは、世界に比べて日本での普及が進んでいないと感じたからだ。
「日本は3Dプリンターの使い方が10年遅れています。その遅れを取り戻したいと思ったんです」
日本にも海外製品は流通している。しかし、壊れやすい傾向があり、海外のサポートには問い合わせや修理がしづらいという不安もあるという。
また、精度や安定性を求めるユーザーにとっては、性能に物足りなさを感じるようだ。
一方、信濃工業が開発した3Dプリンターは、±0.05mmの精度を実現。さらに壊れにくく、万一のときにも電話一本でサポートが可能で部品も日本製のため部品供給が安定していることが強みだ。
こうして生まれた信濃工業の3Dプリンターは、社員たちが「俺たちは3Dプリンターメーカーだ」という誇りを持ち、胸を張れるようになったというプラスの効果も生み出した。
3Dプリンターから広がる可能性
「3Dプリンターは可能性の塊。外に働きに行けない人でも製造ができるようになって生産性を伸ばしたら、世の中が変わると思いませんか?」
たとえば、子育てや介護、障害などで通勤が難しい人も、自宅で生産に参加できる。3Dプリンターは、働く場所を広げる可能性を持っているのだ。
さらに工場の営業活動の可能性も広げると春樹は考えている。
「既存のお客様でも、我々の工場でなにができるのかを知りません。3Dプリンターは、それを伝える機会をつくる最高の道具じゃないかな」
自分たちの技術に自信を持ち、様々な加工ができるとわかっていても、顧客が知らなければ注文されることはない。
3Dプリンターは、自社の加工の幅を広げると同時に、顧客に自社の加工技術を伝えるツールにもなっていくのだ。
機械と機会で誰でも働ける会社へ
信濃工業は『誰でも働ける機械の総合メーカーになる』というビジョンを掲げている。
「当社の理念や行動規範に賛同してくれる方なら、障害があっても、国籍が違っても、どんな年齢の方でも、誰でも働ける会社になりたいと思っています」
この思いの背景には、重度の知的障害を抱えていた弟の存在がある。
弟をはじめとする障害をもつ人やその家族と触れ合う機会が多かったことで、自分たちに何ができるのか真剣に考えるようになったのだ。
そして、弟が亡くなったとき誰よりも純粋に悲しんでくれたのは弟と同じく障害を持つ友人たちだった。
「製造業ができることは、障害を持っていても扱える機械を生み出すこと、そしてうちの会社で働く機会の提供です」
3Dプリンターも『誰でも働ける』環境づくりのひとつなのだ。
家族経営から脱却して胸を張れる会社へ
春樹は地域に根ざし「味噌汁の冷めない距離感」で共に支え合う存在を目指している。
「近所の方々のお困りごとを解決して、駆け込み寺になりたいんです。そして、社員が胸を張って子どもに誇れる会社にしたい」
そのために、春樹は家族経営から脱却するために身を切る改革に取り組んだ。
「父は創業から会社をけん引して成長させてきました。でも、ワンマンで古い時代のやり方が残っていたんです。残業や有給休暇の取得など、現在の基準では不適切な慣習もありました。でも、それは私で終わりにしたかった」
そうして春樹は家族と激しい衝突をしながらも、経営体制の変革に取り組み、家族経営から脱却して「誰でも社長になれる会社」へと変化している。
「技術面でも社会面でも、変化に対応できる会社だけが生き残ります。そうして世界唯一の会社になるのだと思っています」
そして、仕事を奪い合うのではなく「お互いに手を組んで仕事をつくる時代」が来ると見据えている。
信濃工業は「信頼」を礎に、変化をしながら次の世代へとつながり続ける会社として進みはじめているのだ。