モノづくりの原動力は「面白い」。
付加価値の高い仕事を
多品種・小ロット・短納期で対応。
有限会社長島工業所 精密板金加工
長島裕介
- 都道府県
- 東京都
- 事業内容
- 精密板金加工
Factory Stories
はじまりは給湯器製造
精密板金をおこなっている長島工業所だが、はじまりは給湯器製造だったという。創業したのは長島裕介の祖父だ。
「銅管を曲げて溶接して給湯器をつくっていたようです。見様見真似ではじめたので、給湯器はあまり長く続かなかったみたいです」
そんな創業から10年ほど経った1963年に有限会社にした。
業務が精密板金へと変わっていく最初のきっかけは厨房関係の仕事を請けたことだった。
「換気扇のフードや水きりカバーなどの製造です。板厚0.5mmくらいのステンレスを曲げて加工していました。当時は住宅ごとにサイズを図って製造していたみたいです」
そうして、裕介の父親が精密板金用の機械を導入するなどして本格的に精密板金へと移行していったという。
材料屋からの相談に応えて仕事増加
給湯器製造のときは銅パイプを仕入れていたが、厨房関係の業務をおこなうようになってステンレス板などそれまでと違う材料を仕入れるようになった。
「色々な材料を仕入れるようになったことで材料屋さんから『こういう加工もできる?』という話が来ました。それに応えたことで、他の精密板金の依頼も来るようになったようです」
そんな中、取引をしていた材料屋がドイツの高精度反射材を取り扱うようになったことが新たな転機となった。
すでにメッキ加工が施されているアルミ材で、日本で2社しか取り扱いをしていない材料だという。特殊な材料の加工であったため、従来の機械では対応できず、最新のNC工作機械を導入した。
同じ板金であっても、厨房関連と精密板金では違いも多いため苦労もあった。
「サイズが全く違いますからね。そのために精度の良い機械の導入が必要で、それを使いこなせるようにならなければいけませんでした。ただ、最初の頃はそこまでの機械を入れられなかったので、技術で対応していたようです」
手書きの図面をCAD/CAMに切り替えたり、厳しい数値制御が可能なパンチプレスを導入したり、徐々に精密板金に対応できる体制を整えていったのだ。
町工場から世界に出る可能性
裕介は20年ほど前に長島工業所に入った。 それまでは石油掘削船の掘削機械のチーフメカニックをしていたという。
「20代は石油掘削船に乗って、4週間働いて4週間休みという生活でした。当時は会社を継ぎたくないと思っていたんです」
その仕事でアラブ首長国連邦の首都・アブダビを訪れたとき、父親が手掛けた製品を目にしたという。
「父がこれは『アブダビの部品だ』と言っていたのを聞いたことがあるんです。それを実際にアブダビで見たとき、父の仕事がすごいんだと見直しました。町工場からでも世界に出られるんだと感じたんです」
それから数年後、結婚を機に休みの日には父親の仕事を手伝うようになった。
「町工場の仕事は儲からないと思っていたんですが、手伝うようになって改善の余地に気付きました。子どもが生まれたこともあって、船に乗って4週間子どもと離れることに抵抗もあったので、会社を継ぐことを決めたんです」
業務の改善で売上の安定化
裕介は会社に入ってから様々な改善に取り組んで売上の安定化を図った。
「父はあまり原価計算をしていなかったようで、できない仕事は外注に出していました。そこで、できるだけ外注に出さず、できる限り自分たちで作業をするようにしたんです」
そして、難しい仕事の相談を受けたときには断らずに自分たちで工夫をして期待に応えていった。
それによって、お客様から「こんな加工はできるか?」と声を掛けてもらうことが増えたのだ。
さらに見積りの姿勢も変えた。見積り額が高いと言われた場合は長島工業所ではできない仕事だと割り切り、自社が得意とする付加価値の高い仕事を適正価格で取引するようにしていったのだ。
また、オートバイが好きな裕介は趣味もかねてオートバイの部品を自作した。 この過程でプログラムの勉強をしたり、難しい加工に挑戦したりしたのだ。
「知識や技術を上げるだけでなく、つくったものを『こんな難しい加工もできます』というサンプルとして見せられるようにしたんです」
多品種・小ロット・短納期に対応
様々な改善を進める中で生まれた長島工業所の強みは、小ロットの依頼に即時対応できることだ。
「たとえば、1個の製品をどうしても今日中にほしいと言われたとしても対応することができます」
即時対応ができるのは、機械の稼働時間を抑えることで、急な依頼でも機械を使える体制にしているからだ。
機械の稼働時間を抑えているのは、住宅街に立地しているため、近隣に配慮しなければいけないという環境的な理由もある。
そして、意図的に薄利多売の量産案件を控えているという面もあるという。
常に機械を動かして大量の製品を製造している場合、小ロットのオーダーが入っても機械を止めて小ロットの製品をつくることはできない。そのため単価の高いオーダーであっても断らなくてはいけないのだ。
長島工業所では、量産ではなく小ロットに特化することで単価の高い仕事を請けることができる。
「量産をやっていた時期もあります。確かに儲かるんですが、ほとんど機械につきっきりで他のことが何もできない状態になってしまいました。それで心身ともに疲弊してしまったんです。量産ならば、24時間稼働している地方の工場にはかないませんからね」
そうして長島工業所では多品種・小ロット・短納期に柔軟に対応することで顧客から選ばれるようになったのだ。
モノづくりの原点は「面白い」
裕介は長島工業所の将来について、「今の状態を保てれば良い」と考えている。しかし、それは停滞ではない。
3Dスキャナーや3Dプリンターも導入して新しい挑戦も続けているのだ。
「バイクの部品を3DスキャナーでスキャンしてCADに入れれば何かつくれると思ったんですが、すごく難しいんです。こうした新しい道具も使いこなして何かつくっていきたいですね」
こうした挑戦や技術の向上をアピールすることで、新たな仕事につなげていくことを考えているのだ。
こうした裕介の挑戦の原動力は「面白さ」だ。
「たとえばちょっと難しいモノをつくったとき、自分は好きなことをしているのに、お客さんは喜んでくれるしお金ももらえるんですよ。だから面白そうなことには挑戦したいですし、それが難しかったとしても楽しいんですよ」
この「面白い」という気持ちはモノづくりの原点なのではないだろうか。しかし、今のモノづくりの世界では、経営者としての視点だけでモノづくりを楽しめていない人も多いと感じるという。
「経営も大事ですが、モノづくりが面白いと感じられないのはもったいないと思います」
面白さを感じる気持ちは人を動かす原動力になる。
そしてそれは、楽しみながらモノづくりをする親の背中を見て育つ子どもたちにも繋がっていくのではないだろうか。