設計力の高さが生み出す生産性を重視した金型。
安いつくりはしない。
断る勇気が作る信頼とは?

有限会社イガラシ金型製作所 プレス金型の製造・加工および販売

五十嵐 寛

都道府県
愛知県
事業内容
プレス金型の製造・加工および販売
会社名
有限会社イガラシ金型製作所
代表者名
五十嵐 寛
所在地

〒453-0859

名古屋市中村区野上町70番地

電話番号
052-411-0335
ホームページ

http://igarashi-kanagata.com/

Factory Stories

桶屋から金型屋に

イガラシ金型製作所は1967(昭和42)年に、五十嵐寛の父親が創業した。
福井で生まれ育った父親は、中学卒業後、叔父を頼って名古屋で働きはじめた。そこで就いた仕事は桶屋だった。
戦後の復興期で、桶屋は斜陽産業だと感じたようだ。売り上げが落ちていたため職場に活気がなく、リヤカーを引いてお客様に桶を届けても冷たくあしらわれた。
父親は桶屋を辞め、知り合いに誘われた金型屋で働くことにした。様々な工業が成長していた時代、金型はとても重宝される存在だった。お客様は金型づくりの職人ひとり一人にお礼を言うほどだったという。

「当時は今のような機械も無くてほとんどが手作業です。難しい仕事は腕のいい職人さんを指名するような時代だったんですよ」 金型づくりを仕事にすると決めて技術を磨いた父親は、ボール盤一台で独立したのだ。
寛が幼い頃は一階が金型工場、二階が自宅という環境だった。
「従業員さんも一緒に住み込みをしていました。私が生まれる前から働いていた人たちに遊んでもらうこともありましたよ」

中卒だった父親は「頭の良い人には敵わないけれど、親からもらった丈夫な体がある」と言って、寝る間も惜しんで働いた。
「そんな親父の背中を見てきたので、自分では絶対に父親には勝てないと思っています」
寛はこうして身近で金型の製造を感じてきたため、跡を継ぐのは当たり前だと受け止めていた。専門学校を卒業して設計会社に就職したのも、金型の製作に役立つと考えたからだ。

創業から約50年間の時代の変化

創業当時は主にエレベーター用の部品や配電部品の金型を手掛けていた。
イガラシ金型製作所と同時期に創業したプレス会社やメーカーなども多かった。そうした背景もあり、共に挑戦して技術を磨き成長してきたのだ。
創業したばかりの会社は実績がないため価格の安さで仕事を得ていた。その安さに対応して、金型も安価な作りにしていた。安い金型は使いづらいこともあったが、プレス職人たちの技術力で補っていた。

しかしこのように安価な製品を作る時代は終わりを告げた。
取引先も実績ができ、信頼が得られて、無理に価格を下げて仕事を取る必要がなくなったのだ。そうして金型には『安さ』よりも『使いやすさ』が求められるようになった。
「使いづらい金型を、手間をかけて調整できる職人さんがプレス屋さんに少なくなりました」
現在求められるのは、扱いやすく壊れにくい、生産性の高い金型だ。

自社とお客様のためにご依頼を『断る勇気』

寛が若い頃は会社の利益を目的にして、安い金型を作ってほしいという取引先に安い作り方をしていたこともあった。
「でも、それはお客様のことを考えてないんですよね」
プレスの技術者に手間を掛けさせない扱いやすさや耐久性の高さは、価格以上の価値を生む。だから安い金型の依頼は断っている。 これはイガラシ金型製作所自身のためでもある。

「昔は金型でトラブルがあっても安く作ってもらったから仕方ないねと、自分たちの技術でカバーしてくれる風潮がありました」 しかし、現在は安い作りを要望された金型でも不具合があれば金型屋が責任を負う。
もちろん、寛はつくった金型の責任は負わなければならないと考えている。だからこそ責任を負える品質を重要視しているのだ。

自社の金型に責任を持つ覚悟があるからこそ、安い金型の依頼は断る。そして金型のサイズや、形状の複雑さなど総合的に検討して、自社では対応ができないと判断した場合には、勇気を持って断っている。
それでも、高い技術力を持つイガラシ金型製作所では、他社ができないと判断した金型でも引き受けることが多い。

金型設計で大切にしていること

「現場は1年ちょっとで、金型の組み付けまではやらせてもらえませんでした。そこからすぐに設計に移ったんです」
それから今に至るまで、ずっと設計をおこなってきている。
現場で仕事をした期間は短かったが、できる限り現場に足を運び、現場の声に耳を傾けてきた。
「現場が作業しづらい設計は、お客様も使いにくいものになります」

使いやすさや組みやすさなど、現場の声を活かした設計をすることで、イガラシ金型製作所の質の高い金型がつくり出される。 例えば、同じ製品用の金型を別の会社に依頼するとまったく違う金型ができあがる。そこに設計力の違いが出るのだ。
もちろんお客様の先で起きたエラーもフィードバックして調整し、エラーの原因を見極めて設計力として蓄積されている。
金型は常に新しい設計が必要になる。だからこそ様々な金型で得たデータの蓄積が重要なのだ。

イガラシ金型製作所が選ばれる理由

「弊社の金型を認めてもらえたら長くお付き合いいただけますが、その信頼を得るまで2~3年かかります」
金型は完成品を見ただけではその善し悪しの判断ができない。
実際に金型を利用して生産を続けることで、組み付けやすさやバラしやすさ、メンテナンスのしやすさ、不良率などがわかってくる。そこでようやく金型の品質を理解できるのだ。

寛が設計で意識しているのは、プレス現場で『チョコ停』ができるだけ起きないようにすることだ。
『チョコ停』が起きる原因は、金型のタイプなどによって様々だ。現場で材料がどのように送られるのか、精度を維持しながらスムーズに材料と型が外れるにはどうすればよいかなど、現場の声を聞くからこそできる繊細な設計をしている。
イガラシ金型製作所の金型だからスムーズに生産ができると実感したお客様は、イガラシ金型製作所の金型から離れられなくなる。

強みの設計力を維持していくために

質の高い金型を生み出している設計は、寛が一手に引き受けている。
以前は設計だけに集中できていたが、今は社長業もしなくてはいけない。新規営業や見積りなど様々な仕事もおこなうため、設計にかけられる時間が短くなっている。
だが、営業して見積りを出せなければ仕事が取れず、設計をしなければ現場が回らない。どの仕事も手を抜くことができない。

「見積りも簡単に人に任せられません。構造がイメージできなければ、ウチで『できる』か『できない』かの判断も見積りを作ることもできないからです」
受注の判断も見積り額も、寛の金型設計がベースになっているのだ。
「個人に依存した強みは、その人がいなくなった瞬間に強みではなくなります。組織として本当の強みにしなければいけないという危機感を抱いています」 そのため少しでも早く金型設計ができる人材を確保したいと考えている。

しかし、寛がおこなっている『現場の声を活かす設計』は一朝一夕で身に付けることはできないだろう。マニュアルに沿えば良い設計ができるわけではない。ひとつひとつの動作や前後の関係性なども加味した上で、スムーズに生産できるよう設計をするのだ。
曲げや抜きの順番でも製品の精度や扱いやすさが変わってくる。

「設計は、正解のないものを自分で決めていく作業なので独りよがりになりがちです」 だからこそ、寛は現場の声やお客様の声を真摯に聞き取り設計に活かす姿勢を大切にしている。そして、若い設計者を迎えることができたら、現場の声に耳を傾けることを一番に伝えたいという。

金型からプレスまで自社生産を目指す

イガラシ金型製作所では、将来プレス工場の設立を目標にしている。
自社でつくった金型でプレス加工まで一貫しておこなえる環境を整えるのだ。
これは売り上げの向上だけでなく、金型の技術向上の意味もある。
難しい金型を受けるとお客様に迷惑をかけてしまう。そのため、できる範囲の仕事を判断しなければいけない。これはお客様の信頼に応えるために必要なことだが、金型の技術を伸ばすための挑戦が難しいのだ。

「自社でプレスまでおこなうことで、トラブルをフィードバックして金型の設計に反映しやすくなります」
プレス製品による売り上げは、難しい案件に挑戦して金型技術の向上つなげる技術開発費にもなる。
そうして磨き上げる高い技術力はイガラシ金型製作所の強いブランド力になるだろう。

イガラシ金型製作所では、15年後にはこの計画を実現させられるよう、実直に金型づくりに取り組んでいく。